こんばんは禁ギャンブル36日終了です。
もうこのぐらいになると、とりあえず店には近づきませんし、我慢するようになれます。次第にギャンブルなしの生活にも慣れてくるでしょう。


ここで、ひとつ考察したいことがあります。依存症とは根本的に何かから逃げています。つらさなのか寂しさなのか、本当の問題から目を背けたくてギャンブルやアルコールに走るのではないかと僕は思います。


本当は「寂しい」とか「孤独なんだ」という思いに気づかないようにするために、依存症になっていませんか?


もちろん、アルコールやギャンブル、薬物はいけません。まず止めることが第一です。でもその向こうに見え隠れする問題と向き合わなくては前に進めません。アダルトチルドレンだろうが、摂食障害であろうが、自分と向き合うというつらい行為はしなくてはなりません。


そこに目を向けなくては、たとえ施設の中で、ギャンブルや薬物を止めたとしても、そこの施設の中でしか生きられません。僕らが生きていかなくてはならないのは、ギャンブル場や、飲み屋がある社会です。その中でどう生きていくかは本当に本人次第です。


と書きながら自分に言っています。少し止めている期間ができると、「少しくらいいいじゃん」とか「なんで他の人は楽しんでいるのに自分はダメなの?」「別に明日どうなってもいいじゃん」などという気持ちが沸いてきます。


そんなときこう僕は思います。「これからは独りで生きていかなきゃならないんだ。しっかりしなくては」とリアルに思うことにしています。もう誰も助けてくれません。昔は誰か助けてくれて何とかやれてきたかもしれません。でも、リアルに祖母は施設にいますし、叔父はなくなり、祖父もいません。当たり前ですが、やっと気づいたんです。


誰も助けてくれないし、自分でしっかり生きなくては


そこに気づいてみませんか?
もう自分に嘘をつくのはやめませんか?